津尾尋華のジャンプ打ち切り漫画紹介

週刊少年ジャンプの三巻完結以内の打ち切り漫画の紹介。時々他誌や奇漫画の紹介も。

なぜ打ち切り漫画紹介ブログを書いているのか

今回は、余談回です。

 

津尾さん、打ち切り漫画紹介書いてますが、なんでこんなことしてるのかというと、打ち切り漫画愛好家なんてそんなにいないので、語り合う仲間がいない訳です。ツイッタランドにはクソ漫画ソムリエみたいな人達が割といるんですけど、だいたいここ10年、頑張って20年くらいの作品が話題の中心になります。

 

まあ、人気ないから打ち切られてる訳で、好事家の絶対数は少ない訳ですね。そらそうだ。

 

Twitterをやる前の津尾さんにはさらに同好の士を見つける機会がなく、せいぜい同年代の漫画好きとたまに話題になるくらいな訳ですね。

で少し古くなってくるともう誰も話す相手がいない、そもそも語ってる人がいない、2ちゃんのまとめスレも一部の話題作以外ない。80年代初期になるとWikiにすら載ってない作品がザラに出てきます。

 

津尾さんも打ち切り漫画を本格的に収集し始める前は持ってない作品いっぱいあったんで、どんな作品かわからない作品を調べてみたりする訳ですが、サドル800円という方のブログ「世界結束舞廳=神曲」で打ち切り漫画の紹介をしていて、とてもありがたかったんですね。

 

マイナー打ち切り漫画の内容、感想!、作画が見られる!

 

「そうそう」と思ったり、「そう考えるか」と感心したり、「こんな作品あったんだ」と気づかせてもらったり、随分お世話になりました。

 

そんなわけで打ち切り漫画を本格的に収集始めてから、自分でも誰かが調べたい、面白そう、面白いと思った時に、お役に立てるようにアーカイブ的なものを作ろうと思ったんです。

 

それがこのブログのキッカケの一つです。

 

まあそもそもなんで、打ち切り漫画を収集しているかについては、Twitter垢の固定ツイートに載せているものを転載しておきます。

 

 

打ち切り漫画が好きだ。収集をしている。

勿論普通の漫画も好きだ。こちらも収集をしている。

しかし、打ち切り漫画は心の棚の違う部分にしまわれている。何故だろう?


どうして打ち切り漫画を集めてるのですか?

質問されることがある。


少し考えてみた。


短い巻数で作者のやりたかったこと、やろうとしたことが凝集される。打ち切り前にそれを回避するために選んだ手段や出しきれなかったエピソードの開陳、そこに見える作者の悲喜こもごものドラマ、端的に言えばそこに魅力を感じる。


単純に、描きたいものを描いて失敗した。若気の至りも微笑ましいし、巨匠がセルフコピーして失敗するのもまた愉快。ベテランが打ち切りは承知で好きな物を描くのは痛快だ。


自然体で成功しそうだった作品は何故これが受けなかったのかと悲しみ、同じ作品を推していた仲間を探し、感想に禿げ上がるほど同意して盛り上がり、構成を練ってスタートしているのに躓いた作品は何故これが躓いたのか語り合うのも楽しい。時には、思わぬ視点に出会うことや、知らなかった裏話に触れる事もある。


打ち切りが決まってから、やりたかったネタや本来の構想を怒涛のように並べていく様は消えていく花火を見るように切ない。

リアルタイムで追っている時は、七話近辺あるいは2巻中盤で明らかにテコ入れと思われるキャラがでたら、「ほう、お前その手札をここで切るのかい?」「それは、悪手だろ」と唇をまげることもあるし、「そぉーだ。ここで切るしかないよなァ!」とカードゲームの切り札をどこで使うか観戦している観客のように、期待している代打がチャンスにコールされた野球ファンのように、無邪気に喜ぶ事もある。


好調に連載が続いていたのに打ち切りが決まった時の絶望感。話も!キャラも!構成も!台詞回しも!よかったのになんでだぁー!!と叫びたくなる瞬間も、泣きたくなるほど好きだし、もう、打ち切りだよな、これは仕方ないと序盤から思ってた作品が終盤3話で羽化した蝶のように煌めきを魅せる瞬間などたまらない。


作者のそれまでの経歴を鑑みて、これがラストチャンスだろうという作品は、作者こみで愛おしくもなる。


打ち切り漫画には、作者の青春も、喜びも、情念も、致命的な失敗や、打ち切りを挽回するための起死回生の一手、それでは足りないとわかりつつどうしようも無い焦燥が、足掻きが、あるいは諦念が凝縮されている。

打ち切りが決まってから、本当にやりたいことだけやった作者もいるだろうし、話を畳むのに精一杯だった作者もいるだろう。


終わりが決まった時、俺たちの戦いはこれからだ!をするのか、数年後に飛んで平和な世界で回想をするのか、強大な敵に身を捨てて挑み、生死不明で終わるのか、突然仲間や敵が集結していくのか、年表か、ページ破りダイジェストか、終わり方にすら作者の意思と漫画観があらわれる。


中には、化け物じみた背景から紡ぎ出された物語もある。連載中から物議を醸しだす怪作も登場する。20年経っても擦られる伝説となった漫画もあるし、誰も覚えてないクソ漫画と思っていたら、Twitter上でとてもその作品を愛してる人がいる事もある。


そんな閃光のように現れては、消えていくさまに心を惹かれて打ち切り漫画を収集をしているのだろうと思う。そして、多分そんな気持ちを分け合いたくて、アーカイブ作成などをしているんだろう。

願わくば、数少ない同志が覗いた時、思い出して興趣を得るように。話の種にくらいなるように。

 

案外、名作よりも心に残っていたりする事もあり。そして、なかなか再会できない事も多い。