津尾尋華のジャンプ打ち切り漫画紹介

週刊少年ジャンプの三巻完結以内の打ち切り漫画の紹介。時々他誌や奇漫画の紹介も。

タイムパラドクスゴーストライター  2020年

タイムパラドクスゴーストライター 全2巻 原作 市間ケンジ 作画 伊達恒大 2020年

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遂に来た、2020年最大の問題作。

 

ジャンプ連載を目指すが芽が出ない漫画家佐々木哲平は、全ボツの繰り返しで夢を諦めかける。その時自宅への落雷のショックで電子レンジがタイムマシンとなり、10年後のジャンプが転送されてきた。

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未来のジャンプを夢だと思った佐々木は、「無意識に夢の中で思いついたアイデア」として、未来のジャンプで連載開始していた「ホワイトナイト」を自作として執筆し、編集から連載の打診をされる。自分が盗作をしていたことに気づいた佐々木だが、本来のホワイトナイトがこのままでは世の中に出ないこと、ホワイトナイトが皆に読まれるべき作品であること、続きを期待している読者からのファンレターをみて連載を続けることを決める。

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 盗作した責任をとるため、ホワイトナイトの本来のクオリティを出そうと四苦八苦する佐々木哲平。

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 本当の原作者・アイノイツキは別の作品でデビューする。未来のジャンプが送られて来なくなった時、その理由が判明する。未来人の目的は、アイノイツキの死亡を防ぐことだった。

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ネオレイションの項でも書きましたが、ヘイトを溜める主人公は感情移入しづらく、それだけで人気が出ないんですが、「盗作」というある意味殺人や強盗をこえる(殺人や強盗はそれなりのシチュエーションが用意される為、ヘイトをかいにくい)超弩級のヘイトを開幕からかましてきたので批判が殺到しました。

 

 これ、別に「未来から送られてきたジャンプ」をどう役立てるか、という思考実験なら叩かれなかったと思うんですよ。デスノート夜神月が叩かれないのと同じで、主人公が意図して盗作という選択をとり、それによって金銭、名誉を得る成り上がり物ならそれはそれで良かったと思うんですね。問題は、主人公が創作に純粋で、盗作を明確に悪と思っていながらふわふわした理由で盗作を肯定してしまい、あらゆるタイミングで中止できた盗作を続けていくことです。これがヘイトをかいました。

 

盗作をした罪悪感より、ホワイトナイトが自分の作品でなかったことにより受ける衝撃の方が大きいようにみえる

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ふわふわした理由。死ぬよりいいんじゃない?

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「盗作」や「贖罪」自体はメインテーマではなく、むしろ作品のノイズになってしまったので、これならむしろ自覚的な悪人として盗作を行い、アイノイツキに出会い、罪悪感が芽生えた、あるいは死亡を防ぐという理由で競わざるを得なくなったという展開の方がまだ感情移入できたような気がします。

 

本来の「ホワイトナイト」の作者、ヒロイン・アイノイツキに関しては、未来で受け取るはずだった莫大な金銭、名誉を全て佐々木に奪われた上、学校を辞めてアシスタントまでさせられることになり、「処女と命以外全て奪われた中卒」とまで呼ばれてしまいました。ちなみに後半の展開で命すら佐々木の手にゆだねられるため、処女以外を全て佐々木に握られるているのにそのことに全く気付けず、すごい漫画を描く人として佐々木を慕うポジションを務めさせられるという悲運のキャラになります。その余りの尊厳陵辱っぷりは同時期のワンピースの光月おでんの裸踊り並みに衝撃をあたえ、連載数話にも関わらず、アイノイツキちゃん尊厳陵辱2次創作が複数作られるほどでした。

 

元いじめられっ子現引きこもり高校中退漫画志望のヒロイン・アイノイツキ

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スタートで明確に失敗したタイパラですが、未来のジャンプが送られてきて歴史的名作が載っている。偶然なのか、意図したものなのか、意図したものならば誰が、なんの目的でやっているのか?未来のジャンプを読んだ芽のでない漫画家佐々木哲平の運命はどう変わるのか?という謎を開幕で突きつけられたのは大きく、読者の興味を惹きつけることに成功します。

 こうして主人公は不快だけど冒頭の謎は魅力。続きが気になるが、読むにつれ佐々木がきつい。いや、でもこんな壮大なsf展開なら佐々木描写も意図があるのではない?後々、秘匿された事実が明かされた時不快だと思っていた佐々木の行動はそうではなかったことが明かされるのでは?もしくは覚醒して不快が魅力に転換されるのでは?はたまた不快な佐々木の断罪パートがカタルシスになるのでは?など憶測が飛び交い、謎の解明を見届けたい、作者の真意を見極めたい人々によるタイパラ語りが各所で見られるようになりました。

 SNSでは盛り上がってるけど、人気はないという稀有な作品の出来上がりです。

 

ちなみになぜ佐々木が選ばれたか、アイノイツキを殺さない方法は漫画で勝つ以外になかったか、あたりはきちんと説明されます。

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連載漫画家となった佐々木は、ホワイトナイトの描き方に葛藤しながらも、連載を続けますが、ある日未来のジャンプが届かなくなります。

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「絵だけじゃなく、物語の続きも俺が描くしかないのか…!?」じゃねーよ!

お前、こういう自体想定してなかったのか!

というか、オリジナルを越えようとしてなかったのかよ!という驚きが先に経ちますが、未来のアイノイツキ訃報を読み、さらに、現在のアイノイツキを死亡から救うために、アイノイツキの新連載に勝つことを求められます。未来人がジャンプを送りつけていた原因は、アイノイツキを死亡から救うためだった。

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混乱し、葛藤しつつ、イツキを救うために全力を振り絞る佐々木。

凡人の死ぬほどの努力とタイムマシンというズルは天才に通用するのか?ついに佐々木覚醒パートが訪れるのか!!

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その結果はー、アイノイツキ圧勝。

30連敗の佐々木。

先週の引きなんだったんだよ!

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物語は、冒頭の謎の解明を目的として進みつつ、「最高の漫画」とはどういうものかというこの作品のテーマとなる問いを突きつけてきます。この部分もかなりの物議を醸したのですが、作中で最高作に近い扱いのアイノイツキ「ANIMA」が、万人に受け入れられるために限りなく作者の個性やこだわりを排除した「透明な傑作」という物で、これを描く事で本人の自我さえ排除されたアイノイツキは衰弱死してしまいます。これに対してカウンターとなったのが、無限の時間をつかい、たった1人に対して想いを込めた佐々木作品になるんですが…。

 

面白い漫画のイデア、「透明な傑作」

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まず、己を排除した創作物とかあり得るの?

という問題で、一見作者のとんがった部分や不必要なこだわりをなくしていけば万人に受ける作品になるという理屈は通るように見えなくもないですが、例えば「世界を支配する魔王を倒す物語」に味付けするのが作者の個性であって、こだわりや偏りがありすぎては対象となる層が少なくなるのは確かだとしても、個性を徹底的に廃してかつ面白いというのは矛盾していると思います。

面白い漫画のイデアを受信する装置として人間がいて、発信時に個性を付け足しているので、その個性を廃すれば本質がつたえられるというような話になってくると思うのですが、概念論の範囲を出る話とは思えません。実現すれば神の領域に触れられるような話で、宗教的というか、一日30時間の鍛錬とか、アヤエイジアの歌とか、妖神グルメの料理(ジャンプ的にはトリコのフルコースか?)とかそういう域の話になってしまうと思います。

 

しかし、これに関しては未成年で人生経験の少ない歪な天才・アイノイツキの主観に過ぎないので、豊富なアイデアが浮かんでくるアイノイツキが自分用に考えた創作方法論に過ぎないと考えることもできます。作中でも、面白さの説明は初めの佐々木による解説以外はほぼないので、どういう方向の「面白い作品」なのかは読者の想像に委ねられます。ただし、透明な傑作を作るために自我を殺すことが、アイノイツキの死に到達するということは間違いないです。

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 カウンターとなる佐々木の作品は、時間の止まった空間で無限のインプットと無限のアウトプットを行い、誰か一人に向けて作られた作品なのですが、こちらも誰かの意見やフィードバックのない「無限のインプットと無限のアウトプット」により神がかり的な領域の作品と渡り合えるまでに成長するのかという疑問がついてきます。とくに、佐々木が、アイノイツキには及ばないものの光る物をもつダイヤの原石というような描かれ方をしておらず、延々とボツを喰らい続けた挙句盗作で連載を勝ち取り、連載中オリジナルに迫るという結果もえがかれなかったキャラなので、そこから天才を超えるという説得力を出すのはちょっと厳しかったと思います。でも、物語の主題のひとつが、「空っぽな凡人でも面白い漫画を作れる」なので、これは意識してやってるんでしょうね。

この辺りは打ち切りで尺が足りなくなり、未来のジャンプが届かなくなってからの葛藤と努力を描く枠が取れなかったのもしれないです。

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空っぽでも、凡人でも、努力次第でー

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冒頭で語られる佐々木の理想、万人向けの名作を実現したアイノイツキを、個人向けの作品という究極のターゲッティング漫画で落とすという構図

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結局、精神と時の部屋で描いた佐々木の作品はアイノイツキの心に響き、死の結末を回避することができます。そして訪れるエピローグ。

 

単行本では書き下ろしエピソードが追加されますが、これはアイノイツキのその後、佐々木哲平のその後が、気持ち良く補足されているので、本編が気になった人には読むことをお勧めします。

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ちなみに、海外ではこの盗作に対する心理はそれほど問題視されなかったのか、人気だったらしく、連載終了に阿鼻叫喚だったという話も。

単行本は修正が入っているのもありますが、話の展開上盗作になってしまっているが、そこまで気にならないようには話を運んでいます。

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まあ、日本にも1巻を100冊買うという業の深いファンが出現しましたし、SNSでの作品語りも盛り上がりましたので、欠陥はありつつも、魅力のある作品だったのでしょう。

 万人向けをもとめる佐々木哲平と、全ての人に受け入れられる「透明な傑作」を描いたアイノイツキの物語が、一部の人には刺さる、マイナー向け作品となったのは皮肉な話でした。

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