津尾尋華のジャンプ打ち切り漫画紹介

週刊少年ジャンプの三巻完結以内の打ち切り漫画の紹介。時々他誌や奇漫画の紹介も。

男坂 遂に完結! なんですけど……

 本編を読んだことはなくてもラストの未完のページを見たことはある。そんな伝説の打ち切り漫画•男坂が39年の時を経てついに完結しました。

したんだよ。しちゃったんだよ……。

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 まあ、だいぶモヤモヤした終わり方というか、強引なエンドマークの付け方をしたので言いたいことはいっぱいあるんですが、曲がりなりにも完結までこぎつけたことは、尻切れとんぼで続きが読めない作品の事をかんがえると、ファンにとっては幸福だったと思いたいです。バスタードとかガイバーとかガラスの仮面とかNANAとか皇国の守護者とかバチバチとか……ね。

 

 車田先生も69歳なので、40年前の宿題を片付けられてホッとしたんではないでしょうか。69ですものね、漫画描いてるだけで立派ですわよ。

 

 車田先生については今更知らない人も少ないと思いますが、歴代4人しかいないジャンプでの巻頭カラー最終回を成し遂げた天才作家であり。(車田正美リングにかけろ」、鳥山明ドラゴンボール」、井上雄彦スラムダンク」、秋本治こちら葛飾区亀有公園前派出所」)


 二作ヒットを出せれば天才という業界で、一世を風靡してパワーリスト、パワーアンクルに少年たちを夢中にさせた「リングにかけろ」、星座カーストという言葉を作り、瞬間最大風速では黄金期随一であり、今なおスピンオフが出版される「聖闘士星矢」を描き、ジャンプ卒業後もB't Xのアニメ化、リングにかけろ2のヒットなど多くのヒット漫画を排出した天才です。


 「車田飛び」「車田吹き出し」「英字効果」「手を掲げながら必殺技名を叫ぶと敵が吹っ飛んでいくフォーマット」など独自の手法を確立しており、津尾さんのフォロワーには車田正美が好きすぎて、車田跳びを実行した結果頭を割って死にかけたやつがいるほどです。

 一般化はしませんでしたが、テリオスのコピー表現なんか津尾さん結構好きですね。

 

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車田メソッドが詰まった一コマ

「車田飛び」「車田吹き出し」「車田必殺技」


 デビュー作「スケバンあらし」全2巻でこけた後、「リングにかけろ」でメガヒットを排出。続く「風魔の小次郎」は不完全燃焼ながらも少年漫画版山風忍術決戦を描き好評を得ます。そして実績を積んだ車田先生が、満を辞して世に送り出したのが本宮ひろ志先生「男一匹ガキ大将」の車田版リメイク「男坂」。

 

 作者自身がこれを書くために漫画屋になったと宣言する熱量で1984年に連載開始するもあえなく3巻で打ち切り、その未練から最終回に大きく「未完」の文字が打たれたことと、これぞ打ち切りというラストシーンで話題となった漫画です。

 

詳しくは下記リンクの男坂の項目で

https://utikirimanga.hatenadiary.com/entry/2021/03/12/012501

 

多分この漫画で一番有名なラストシーン

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 3巻で終わったため、男坂は多くの消化不良要素があり、29年ぶりとなる2014年の連載再開で全ての構想が明らかになることが期待されていました。

 

男坂の消化不良要素

 

①武島将との決着

②喧嘩鬼の正体

③天魁星とか地闘星とかの星読み設定

④ジュニアワールドコネクションの世界のボス達

フレイザーより恐ろしいシカゴのラトーヤ

⑥20世紀最後の天才アインとキボウの決着

⑦世界を掌握する力をもつジャーメィンの実力

⑧突然傘下に入りに来た赤城のウルフの背景

⑨北の神威とは

⑩武島軍団二番隊隊長水無月征、三番隊隊長神代直人の実力、他の軍団長の存在

 

 結局国内で話が終わってしまったので、⑤⑥⑦の海外勢の補完はされなかったのですが、ラトーヤは再登場しましたし、③は消化しなくてもいいと言えばいい設定なので、連載再開後の男坂はほぼ全ての未消化要素を回収してくれたと言ってもいいと思います。すげえぜ、車田御大。

 

 じゃあ、何がモヤモヤするのか説明しようとすると背景を語らないと伝わらないと思いますので、そこから。

 

以下メチャクチャネタバレがありますので気になる方は本編を読んでからお読みください。まあこんなブログ読んでる時点で本編読んでるとは思うんですけど。

 

 まず大前提として男坂本宮ひろ志先生の「男一匹ガキ大将」抜きには語れないくらい強い影響を受けています。

 

 「男一匹ガキ大将」のアウトラインを説明すると、男気のあるガキ大将・戸川万吉が各地の不良と戦いながら子分を増やしていき、富士の裾野で東と西の日本中の不良が大決戦をやった結果、全国の不良を束ねる総番に登り詰め、更には日本を救う為、子分を率いて外国勢力と戦うまでになるお話。この頃から80年代までは不良ものといえば全国制覇ということで、不良はやたら抗争したり、学校を支配したり、みかじめ料をとったり、全国制覇を目指したりします。ドッ硬連、letsダチ公など実際に全国制覇をしている漫画多数。
 普通に警察沙汰では? 偏差値40なさそうなのに誰がその会計管理を?

 細えことはいいんだよ。

 

 流石に、全国統一は現実的ではないということで、不良漫画もその後、徐々に県内での勢力争いや、出てきても隣県の組織と戦うくらいになっていきますが、それはまた別のお話。

 

 ジャンプでは原哲夫先生も「猛き流星」でリメイクにいどんでいますし、あの横山光輝先生ですらバビル二世後に「あばれ天童」で同ジャンルに挑んでいます。言ってみれば男の生き様、成長ものであり、最高にかっこいい男を描くわけなので、書き手にとっても魅力的な題材です。

 馬鹿だが腕っぷしは強くて一本芯が通った人間で、男気があり、不思議と慕われる人間的魅力のある人物に戦った相手が惚れ込んで一家を形成。やがて日本を代表する勢力となる。って刃牙で描かれる「地上最強の男」と双璧をなす男の子の夢なんですよね。個のトップに対する集団のトップへの憧れ。

 

男一匹ガキ大将」の上手いところは、喧嘩の強さは勿論描かれるんですが、要所要所は「男の器勝負」で相手をねじ伏せるところ。暴走列車を事故らせないように学生を纏めたり、ちっぽけな不良にできることを示した上で虐げられた学生を集めて数でも圧倒したり、なんだかこの男についていけばでけえことができる感をだすのが上手い。

この辺りは流石の本宮先生。

 

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事故を防ぐために学生をまとめる万吉


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俺たちにもできることがあるんや!

 

 最終的に日本の不良を統一した万吉は、話のスケールを上げる為に、エリートとの戦いや国家の浮沈をかけ外国船団と戦うなど、話が一介の不良の関与するレベルでない政治的な話まで発展していきます。
まあこの辺りは引き伸ばしで作者は嫌々描いてたということですが。

 

 男坂は、「男一匹ガキ大将」の様な硬派な男達を描きつつ、「ガキ大将」を超えるべく車田御大が設定を練りに練ったことが伺えます。


 まず、ガキ大将にはいない、「帝王教育を受けた天才にして最強のライバル」武島将の配置。リンかけの剣崎で手応えもあったでしょう、この手のキャラは読者ウケもいい。ガキ大将の敵ボス堀田がどうしてもキャラとして弱いところを大幅に改善しています。

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 次に話の展開を早くするための舞台装置としての「喧嘩鬼」。このキャラだけどこから生えてきたっていうくらい世界観が全然違うんですけど、1話で敗北、2話で特訓、3話以降敗北した時とは一味違う大人物の片鱗を窺わせる理由づけとなります。

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 謎が多すぎるんですけど、お陰で挫折、師匠探し、弟子入り、特訓、人間的成長なパートを一話で終わらせています。

 

 ライバルと謎の師匠を配置をした車田先生は、さらに、政治の部分まで踏み込むこと、外国勢力と戦うことまで想定してWJCを登場させます。

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将来的に闘うであろう世界のJr.代表達、更にそれを彩る天才軍師。

 ここまで描くことができれば、確かに結局国内の権力争いに終始したガキ大将をスケールで上回り、天才武島将と競う事で男の生き様をより鮮烈にカッコよく描くことができたはずです。更に車田先生はリンかけで培ったバトル描写と美形による女性人気獲得という手札もあります。

 そもそもこの辺りの男の生き様論はリンかけ時代に何度もやっている内容です。車田先生にとってもお家芸のはず。

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 でも、そうはならなかった、ならなかったんだよロック。

 

 

 多分、続編で一番割を食ったのが見せ場がほとんどなくなった13歳でケンブリッジを卒業したキボウとそのライバルアイン。

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 あとおそらく、ジャーメインの参謀となって真の恐ろしさを発揮するはずだったラトーヤです。

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 キボウとアインの軍師対決、みたかったですね…。

 

 本編の話に戻り、大人物な風格と格闘術を備えた仁義のもとに仲間が集結していくのが男坂のメインストーリー。

 仲間集めパートの初めは、右腕となる闘吉との出会い。「ガキ大将」を踏襲して、喧嘩の強さではなく度量の大きさで屈服させます。こういうのがやりたかったんだよな感ビシバシ。

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闘吉自身もガキ大将の1の子分銀次を想起させる単純熱血子分。

 

 この後本編では、シカゴ勢との戦いで外国勢力の脅威を感じさせた後全国の硬派集めを行い、なぜか突然傘下に入った赤城のウルフ、今は仁義より大きいが仁義の将来性を見込んで傘下となった梓鸞丸を仲間にして東北を制圧。北海道の王、北のカムイと出会うというところで打ち切りとなりました。

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 さて、再開された男坂がこの予定されていたと思われる展開を消化できたかというと……。

 

 再開版男坂、まあ前の連載から時間が経ちすぎたのはあるんですが、拭いきれない違和感があります。

 

 まず、キャラクター設定。主人公菊川仁義は前作から太陽のような男と称されているのですが、基本的には硬派で、漢気があり、外国の侵略から日本を守る為に仲間を集めています。ここ重要。

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 多少コメディっぽい描写はありますが、カッコいい「男」として描写されていたんですよね。

再開版では、何故かこれが「無垢」な男としてクローズアップされています。そしてコメディ描写が多くなります。再開直後の北の大地編で既に無垢で動物に好かれるキャラとなり、打ち切り版の風をきってつっぱるとか硬派というイメージが全然なくなってしまいました。

 最後の硬派だったはずなんですけど、なんかこう竜の紋章を持った勇者みたいというか、車田先生キャラ変えすぎじゃないですか? そして何故か付与された動物と心が通じるという能力。硬派関係ねえ!

 

一巻の太陽から出てきたような男描写

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再開版の太陽のような男描写

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これが、これ。

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多分車田先生の中でカッコいいの基準が変わっちゃったんでしょうね。飄々としてるけど襲いくるものには容赦しない打ち切り版から、無垢で生き物に好かれ人と融和する再開版へ。

中学校をしめにきた闘吉連合100人を壊滅させるとか、喧嘩する時は命を賭ける、少年漫画なんでむべなるかななんですけど戦闘的な描写が多かったのが、ひょうげても戦いを回避するような描写が増えます。大人になったというか、年長者視線だと後者の方がカッコいいという気持ちもわかるのですがそれは硬派なんでしょうか……。

 

 誰にも負けない強い男になりてえから始まり、襲いくる外国勢力から日本を守る為に硬派が必要だ、に進み。日本を統一して一致団結する為に硬派たちを纏める。これが男として生まれて、見つけ出した一生に一度のやるべきことだという方向だったはずなんですけど再開版は後半部分の要素が薄いです。

 

 4巻から始まる仲間集めも、5巻のトラウマを持った男の鬱憤を受け止めることで仲間となるジュリー、4、6巻の喧嘩することでわかりあう神威と狂介はともかく、7巻の命の大切さを説く竜子と8巻の本気を出せない男と相撲をとるだけの南郷になると話自体もテンプレ的ですし、テーマが、とんがった若者がやり合いながら仲間になっていく切磋琢磨と成長ではなく、融和になってきます。

 

 この辺りの仲間一人集めるのに各1巻かけたテンポの悪さも再開版の面白さを削いでいます。

 

 ライバル登場、敗北、特訓、仲間集め、外国勢力の侵攻、軍団結成を3巻でまとめてた旧作と余りにスピードが違いすぎました。いや、闘吉、ウルフを掘り下げて男の器勝負してたジュリー編と本陣編はまだいいよ。折角巨大な武島軍団、対抗する仁義軍団、武島軍ではあるが独立独歩の気風を持つ西の三傑という構図なんだから、小競り合いをしながら武島軍団を食い破ろうとする野望を持った三傑とか、武島軍に押される仁義軍を密かに助ける三傑とか、どこにも与しない三傑とかを横軸に、縦軸に武島軍団との戦いを置いて、知略に薄い仁義軍が鸞丸以外配色濃厚となり天才軍師キボウの参戦が待ち望まれる展開であればキボウも西の三傑も生きたと思うんですよ。

 

 西の三傑を1人づつ、武島軍団との戦いを一つづつ、東と西の戦いはその後、と1局面に話を縛り、話が広がらない展開になってしまったため単純な構成になり盛り上がりませんでした。

 

 そして完結。もうこの辺りで体力も限界だし、伏線は大体回収したから風呂敷を畳もうということになったのでしょうか。

 

「富士の裾野で東西の軍団の日本統一をかけた決戦」とか「外国勢1万対仁義1人」とか「外国船団との戦い」とか、これがやりたかった感じはするんですけど全てが尻すぼみになってしまいました。

 

 戦わない東西軍団。どうみても陰腹の前振りで仁義に別れの挨拶までしてるのにフェイクの鸞丸、ウォーゲームの前振りと天才設定が単なるハッカーに落ちぶれたりキボウ。雑魚の集団WJC。本編掲載時は、WJCの面々見ながら、「こいつは味方になる、こいつは敵だろうな」って考えながら読んでた僕のワクワク感を返してほしい

 

 でもまあWJCが大幅に弱体化した結果、素手でライオンの首を引きちぎるシカゴのフォアマンが、やつは「WJCにおいて最強の男」みたいな存在になったのは面白いです。それは恐れられていただろうよ。

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フォアマンとフレイザーでWJC壊滅できたやろ。

 

 最後だけは想定通りに武島将と仁義のタイマンでしめることになりますが、BGMに流れるのはImagine。

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 ええ……、そんな話でしたっけ……?

硬派どこに行ったんだよ。ジャーメィン見た目マイケルジャクソンなんだからHeal the Worldでも歌ってろ!

 

 ラスト二話は作者の思想が露骨に変わってしまったのが伝わってくるのでメチャクチャ辛いです。

 

 最終対決で問答しながら喧嘩してるんですけど、突然大人になったら漁師をやってみんなと平和に暮らすとか言い出す仁義。

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 そりゃ、武島将も「は?」ですよ。

 じゃあなんのために戦ってたんだよ!

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 物凄い真っ当な言い分の武島将と突然お花畑と化した仁義。

 だから平和な世界を守る為に外国勢力と闘うって話だったんだろ! 何のために仲間集めてたんだよ。39年間の連載全否定かよ!

 

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鸞丸の演説は何だったのか。

いやまあこれだってもう10年前なんですけど。

 

 最後のケリがついた仁義は武島将に後事を託し、太陽に帰っていくのでした。

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 これが許されるのは不治の病で闘いを続けられなくなるか、強敵(ジャーメィンあたり)と相打ちになるか、チンピラに刺されて死ぬ時くらいでしょ。なんでいい感じに使命を果たした後みたいになってるんだよ。お前、闘吉に申し訳ないと思わないのかよ!

 

 僕の中の炭治郎が「貴様アアア! 逃げるなアア‼︎ 責任から逃げるなアア」と叫んでるんですけど、まあこれで完結してしまいました。

 

 作者の思想が変化したので、それに沿う内容にしたら連載前の構想と180度変わってしまった。まあそういうことだろうとは思いますが、連載が40年にわたることも珍しいですし、普通は構想に合わせて軟着陸させていくと思うので、エピソード毎に間隔をあけ、尚且つ長期間で連載をしていた中で起こった悲しくも珍しい出来事なのでしょう。

 

 なんだかんだで車田先生が好きな僕はちょっとしょんぼりしてしまいました。