津尾尋華のジャンプ打ち切り漫画紹介

週刊少年ジャンプの三巻完結以内の打ち切り漫画の紹介。時々他誌や奇漫画の紹介も。

アイテルシー 2021年

アイテルシー 全3巻 稲岡和佐 2021年

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犯罪者を愛してしまう相生りさは、犯人を特定するためなら様々な犯罪行為をも厭わないストーカー刑事。犯人に付き纏うことで結果的に自首させることから、警察内でも特別扱いされている。

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刑事物はあらゆる刑事がやり尽くされているというジャンルで、女子高生の刑事なら「スケバン刑事」が、相撲取りの刑事なら「大相撲刑事」、武士の刑事なら「サムライ刑事」、医者刑事なら「Mr.ホワイティ」、ストーカー刑事なら「ストーカー刑事アベル」という前例がいますが、毎回違う相手をストーカーする爽やかな女刑事という設定は新しかったと思います。

 

とっかかりのアイデアは魅力的なストーカー刑事ですが、設定をうまく転がせなかった印象です。さまざまなスキルを使う才能は設定されているので、ストーカーらしく奇矯な行動や、異常な発言で、りさを魅力的でエキセントリックなキャラに仕立て上げられたら良かったんですが、思ったよりもマイルドなキャラになってしまいました。みんながみたかったのはサイコヒロインの奇行だったと思うんですよね。終盤のマー編のような頭の切れる犯罪者の裏をかいて翻弄するようなポジションを序盤から見せられればまた違ったと思うんですけど…。

 

1話のストーカーぶりは期待を持てたのでこの方向でどんどん狂気を高めてほしかったです。

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実際は変態ストーカーレベルは1話が最高潮で、後はどんどんマイルドに。変態ストーカーというよりは不思議ちゃんよりになってしまいました。

連載開始時には期待値も高かったのですが、狂気が足りない以上に、路線として変態犯罪者と変態対決するのか、相生の狂人ムーブをクローズアップするのか、バディ物にして相生に振り回される常識人にするのかで、どれかと言うと3番目という一番無難な路線に落ち着いてしまいました。

 

りさの紹介の3話までが終わって、りさがおかしくなった元凶であるおそらくラスボスが登場するんですが、シ、シミュレーテッド・リアリティ!

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一部のジャンプ読者には安心院さんでお馴染みですが、これ、強大な能力とか天才性の為に物事がうまくいきすぎるとか見えすぎるとか、他人とあまりにちがうとか、感情がないから現実感を感じないとかその辺りの異常性の発露として語られる事が多いポジションなんですけど、ラスボスの異常性の根本が語られないので、うっすい厨二病みたいでボス感がないんですよね…。しかも、この男このエピソードで消息不明となりその後出てこないまま終わります。

なんだったんだよこの序章!?

 

事件自体も、警察三人で、武器を持った犯人を無力化してるのに捕縛しないで逃げるのを優先するわ、脈がないと判断した犯人が助けに来てくれるわで、ツッコミどころ満載。

 

武器をとばし、倒したのに刑事三人が逃亡優先。なぜ確保しないのか…。

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その後うたれて死亡確認も、直後に蘇ってりさたちを助けてくれる犯人。

ずさんすぎる刑事の生存確認。

ちょっと刑事物でこのガバガバ加減はどうかな…。

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この事件で、りさの相棒役の双子の刑事・左近右近のうち、頭脳派の右近が死亡し、物語としてもターニングポイントに入ります。警察官の死亡、過去の事件の犯人の殺害を許し、犯人の逃亡という特大不祥事。これを受けて、警察内に表向き存在しないi課設立がなされ、りさも犯人逮捕に協力することになります。

 

数字を漢字に置き換えたサブタイトルだったのも序章が終わりという事で、次回からあいうえお50音に変わります。このサブタイ遊びもなんだったんでしょうね…。作者の自己満足だけで終わりました。

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更に新章からも、基本骨子であるストーカーで犯人逮捕は変わらず、りさが逮捕をするようになった以外、長い序章10話と左近の死を経て何が変わったかというと物語上の変化はほとんどありません。これ、最初からi課のメンバーで仕事する話で良かったんでは…。あえて、i課設立をエピソードにする必然性を感じません。

 

新たな章は、怪盗マー編。美しさにこだわる美術品怪盗マーを追う話です。やっと出てきたネームド犯罪者であり、読者の望んでいた変態犯罪者対ストーカー刑事の対決回。

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なんですが、りさのストーカームーブはさておきマーの変態ムーブが薄いです。構成上、常人には計り知れない動機、行動、犯罪をおかす犯罪者とさらにそれの上をいく、りさという形にしなければカタルシスが得られないんですが、逸脱の度合いが低い。これ、ラスボスと思われる鏡野日もそうだったので、作者の能力を上回る変態は創作できないという創作上の宿痾が出てしまったのかも知れません。多分目指したのはネウロだったと思うのですが、明らかに犯人のインパクトに劣ります。

 

りさのストーカームーブは、こういうの期待してたんだよ感なんですけど…。

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結局マー編の後は、当たり障りのない締めエピソード2話で終わり、鏡野日についてや、相生りさが犯罪者を愛するようになったエピソード、鏡野に操られ、りさの愛した誰かの話は語られないまま終わります。中途半端な設定開示は打ち切り漫画の華とはいえ、におわせた核心部分に一切触れないのはモヤモヤします。

 

作者自身が公言しているネウロファンなのですが、やりたい事に作風と適性があってなかったのかと思われます。りさ、犯罪者、左近の三者ともに逸脱の度合いが低く、どこか常識的で優しいキャラになってしまいました。特に左近がモブと変わらないので犯罪者を憎むとか、りさを操ろうとするとか、本気で愛してるとかなんらかのフックは必要だったかと。

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「キミを侵略せよ」から大幅に画力が上がり、導入で期待もされただけに残念な作品でした。

やりたい事がわかるだけに、ちょっと惜しかったと思う作品です。

 

ところでタイトルは、アイシテルのアナグラムでアイテルシーと、英語タイトルi tell cで、i課が犯罪者(criminal)に告げると、私が犯罪者に語るというトリプルミーニングかと思われます。連載が続けばCに意味が付与されていったのかも知れません。

 

 

 

ショーアップ・ハイスクール  1980年

ショーアップ・ハイスクール 全1巻 原作 篝一人 作画 谷村ひとし 1980年

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いきなり時代が戻りますが、これだけ1980年から現在までの3巻以内完結ジャンプ打ち切り漫画の中で長らく入手できなかった為記事が書けなかった作品です。

 

パチンコ漫画の、「お、オスイチだぁ〜」で有名な谷村先生ですが、なんとジャンプ漫画家だったんですね。

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内容は、型破りな高校生たちが、高校生活を楽しくすごす為にショーアップするという、タイトル通り「ショーアップ・ハイスクール」。ただし、80年掲載のため、倫理観がだいぶ違います。

 

1話からヴィトンのバッグを買うためにサラ金から借金して自殺未遂を起こしたクラスメイトの返済のために、無許可で文化祭で有料のプロレス興行をうち、集まったお金を寄付するという名目で借金返済に捻出します。ええええ。

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2話はだいぶマイルドかつ、賢い話で、女子校の女の子と主人公たちの高校でカップルを作るべく、女の子リストを作り販売、意中の子にお付き合いの打診をする仕組みを作るというお話。男との出会いを求めていた女子が次第に偏差値や身長などのスペックにこだわるようになり、選ぶ側になると傲慢になっていくあたりはリアリティがあります。

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3話はビアホールに行く生徒を締め付ける学校に対して、学校自体を疑似ラスベガスにして対抗するお話。タバコといい酒といい80年頃がいかにおおらかだったかがわかります。

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後半は、教育委員会から送り込まれた学校改善請負組織、教委会エンジェル(80年っぽい!)の規律とスパルタによる罠を見破り、学校を救う話や、バンドマンに襲われそうになるクラスメイトを助ける話など、比較的定番な話で尻すぼみに終わってしまいます。

 

漫画よりもテレビドラマ向けのお話で、リッキー台風やDr.スランプ、激!極虎一家が連載された年度でこれは厳しかったかなあという印象。80年初頭はジャンプでも割とドラマっぽい題材が多かったんですよね。

未婚の母と一人息子の家庭を描いたJUNとか、好きなクラスメイトの女の子が父親が売春してることを知って自殺未遂するあした天兵とか、記憶喪失の天才ボクサーとヤクザの娘とその恋人のチンピラの三角関係を描いたKIDとか。

 

流通量が少ないので目にすることはほとんどないだろうという幻の漫画です。

 

 

 

 

 

BUILD KING 2020年

BUILD KING  全3巻 島袋光年 2020年

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ゆらぎ、約ネバ、鬼滅がおわり、ぼく勉、チェーンソーが終盤、次期看板候補だったアクタージュが予想外の連載中止。久保帯人先生はBTW不定期連載。鳴り物入りの岸影渾身の次回作サム8は大こけ。薄くなった紙面を救うべく、連続二発ヒットを出した大物・島袋先生が帰ってきた!こんどのテーマは「住」!

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 かつて犯罪逮捕でジャンプに迷惑をかけたしまぶーが、犯罪逮捕でアクタージュが消えた誌面を救いにもどってくるという漫画家漫画なら大ヒット間違いなしのシチュエーション。ヒット作を出した連載作家も松井優征古味直志麻生周一藤巻忠俊、川田、空知英秋らがまだ残っているとはいえ、最も欲しいのは王道少年漫画らしい作品、それに相応しい大駒をきってきた感はありました。

 

ハンマー島に住むとんかちとレンガの義兄弟は、最もビルドマスターに近いと言われた伝説の棟梁シャベルに助けられて弟子入りをする。

 シャベルに鍛えられたとんかちとレンガは、太古から生物が絶滅する程の天変地異を耐え抜き、多くの生物を救ってきた奇跡の建造物・ビルドキングを目指して旅立つ。

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最大の問題は、「食」は美味そう!これ食いたい!になるんですけど、「住」は、ここ住みたい!にならないんですよね。得られる快楽が違う。まあ、だから、危険な世界の中で唯一の安心して住める場所という捉え方なんですけどそうすると今度はほとんど日本人には訴求しないということになってしまいます。読者の共感が得られにくい。

 

島で実力を伸ばしたとんかちとレンガが旅に出るところから物語は始まります。

順調に建築の才能を伸ばしたレンガに対し、戦闘力を高めたとんかちは平和を築くことが目的。

もうすでに開幕から建…築…?となりますが、バトルは必須なので目を瞑りましょう。

 

ただ、せっかくの決め台詞なんですけど、台詞回しが「お前に勝てる」なんですよね。

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島から飛び出したとんかちとレンガは、屋獣に懐かれたり、屋賊と戦ったり、活気ある大工の世界を目撃します。

 

ここちょっとワクワク感

この辺りの表現は上手いんですけど、バトルメインになりすぎて、活かせてないんですよね。

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外の世界で実力を発揮するとんかちとレンガ。

逆さ城のリフォーム。

島で実力を蓄えてきた2人の最初の見せ場なんですが、発注主であるコルクの思い入れや、コモーリ王の掘り下げが少なく、どうにも小さな事件となってしまっています。5話から8話までかけた序盤の見せ場のはずが、為さねばならない理由がなく、命懸けというわけでも、負けられないライバルがいるわけでも、これに成功しないとビルダーになれないわけでもなく、外の世界でみせるとんかちとレンガの圧倒的な実力という回でも、実力が足りずに唇を噛む成長回というわけでままなく、長さのわりにカタルシスに乏しいです。ここの盛り上がりのちいささが、運命を決定づけてしまいました。

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そのまま、ビルドユニオンに所属するための試験に突入します。一時期猛威を振るった試験展開きちゃったか…。

島袋先生も試験をずっとやるつもりはなく、乱入展開になるんですが、本当に試験してるだけでキャラの掘り下げとか、新キャラがでたワクワク感とかがなく、乱入での中断を含めてどこかで見た展開になっています。

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試験に乱入する「全てを力で支配する世界を建築する組織、サタンヒルズ」

建…築…?

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急に終盤になって、ハンタの念能力みたいなのが出てきますが、これは打ち切り漫画名物消化しきれなかった設定の開示!?ちょっと今回は、試験といい属性といい、ハンタ臭がきついんですよね。

 

いいビルダーは家に好かれちまうんだ

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ビガーの属性、反対色で相殺

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絶対これ、特別枠の金色とかあるだろと思ったら、即作中で例外の色が登場します。

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オリジナリティを出すんであれば、ロボバトルに振った方が目新しさはあったと思います。ロボはロボで鬼門の分野ではありますが。

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結局本誌連載で尺が足りずに全くケリを付けずに終了。そのあとジャンプラに書き下ろし130ページ越えで完結編を掲載しますが、これすら、設定・隠された因子の開示、仲間たちの集結、未来の強豪のチラ見せ、よーし行くぞ!、10年後という由緒正しい打ち切り漫画のフルコースで終わりました。実質2回打ち切りをくらったようなもんだよ。俺たちは何を見せられてるんだ!

ジャンプ掲載時の最終回

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書き下ろしの終わり エンドレス打ち切りムーブ

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3巻の作者コメントでは、夢オチにしようかと思ったことや、家(ロボ)メインで進めると主人公が埋もれてしまうので序盤は家キャラを封印したこと、スランプで何が面白いかわからなくなり作者的にも納得いってなかった連載ネームを意見を聞くために連載会議に出したところ通ってしまったことが語られています。球不足の余波を被ってしまったということで、ちょっとかわいそうですが、全体的に練り込み不足だったようです。

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さて、次回作は「衣」やるんですかねえ…。

 

 

 

 

 

 

 

ぼくらの血盟  2020年

ぼくらの血盟 全2巻 かかずかず 2020年

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吸血鬼の暮らす世界。孤児だったシンは吸血鬼に育てられ、その育ての親を吸血鬼に殺された。

愛してくれた両親の代わりにコウを守るため、弟コウと吸血鬼の世界に伝わる無明の血盟を結んだシンは人間と吸血鬼の共存を目指して吸血獣を退治して回る。

 

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衝撃の2話、吸血鬼のパーセンテージ、倫理観が物議を醸した作者のデビュー作。

 

まず、世界と主役の説明を担う1話で、吸血鬼のいる世界である事、主人公は吸血鬼と人間の共存を目指す兄弟である事、兄は人間、弟は吸血鬼の王族、弟は兄の血しか吸えない契約を交わしている事、吸血鬼は人間を餌くらいにしか思っていない事、昔、人間と吸血鬼が共存していた時代があったこと、兄弟が吸血鬼退治をしている事、兄弟の両親を殺したボス的存在がいる事などが説明されます。

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つづく2話は定石では、ライバルかヒロインの登場、1話を踏襲しつつ、1話より強い敵を相手にバトルのバリエーション、必殺技の種類や条件の説明、中ボスや事件を出して世界の設定の補強や大目的の提示とそれに至る小目的の解決を示すあたりをやるのですが、血盟の二話はその誰も選択しませんでした。

普通の人間なら勝負の2話は大事に扱う、設定の開示やボス、中ボスを出そうとばかり考える。だが、かかず先生は違った!逆に!

何も登場しない設定の開示もない箸休め回!

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シンがいないお家で留守番をするコウのところへ迷い込んできた子供の子守りをする箸休め回! 確かに、シンがご飯やおやつを準備しているお母さん役で、吸血鬼と人間といえど愛が溢れる暮らしをしている事、コウが兄が大好きな事、シンがいないとコウは力がうまく操れない事あたりの設定は開示されるのですが、大目的に至る活動や、謎の敵、仲間については全く言及されない「なくても支障のない回」を持ってきました。

この回が余りにも、「好きなキャラクターの日常回を描いた同人誌」っぽかったため、「pixivにあげられている本編が見たい」というコメントが出たほど。

 

ちなみにジャンプ打ち切り漫画紹介40年の歴史の中でギャグ漫画以外で2回目に本編と関係ない箸休め回を持ってきたのはぼくの記憶の限り「SANTA」だけです。この作品は完璧に近いバトルファンジーの導入1話の後に、人間に害をなす化け物が蔓延する世界で、とある村で人間を守る心優しい化け物と出会ったという箸休め回を載せたました。

 

3話以降は通常の話が進行するんですけど、編集はこの2話を止めなかったんですかね‥。

 

3話以降は人間を支配下におきたい吸血鬼が緋月兄弟を狙い襲ってきます。クラスメイトの西山、街の吸血鬼の子供・キリちゃんとその友達の人間の子供・アキちゃんなど身近な人達を利用して2人を傷つけ、利用しようとします。

 

このあたりの描写があまりにも吸血鬼視点で描かれているため、倫理観がおかしいと炎上。

 

まず、人間と吸血鬼で友達になっているあきちゃんとキリちゃんが登場。攫われた上、飢餓状態で2人きりで放置されます。

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吸血鬼は飢餓状態が続くと、正気が保てなくなり、姿形が変わる獣化をおこし、完全に獣化すると理性も感情も失い、二度と元に戻れない血を求めて彷徨う亡霊となる。そうなると、もう殺すしかない。

飢餓状態の、キリちゃんは我をなくし、あきちゃんを襲ってしまいます。キリちゃんは半獣化、あきちゃんは失血で死亡。

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人間を憎み、ゴミのように思っている吸血鬼・廻峯は嫌がらせでこれを行います。紆余曲折があってバトルで廻峯を倒すコウとシンですが、親人間派だった親を人間に殺されて人間を憎む廻峯を殺さずに、わかりあう道を選びます。

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え、死んだアキちゃんの立場は?

 

自分がやったように飢餓状態にされて獣化寸前の廻峯。許すか許さないかを問われたコウは、他に謝らないといけない相手がいると語ります。

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キリちゃん!

え、死んだアキちゃんのことは?

 

そして、優しいキリちゃんは、廻峯が苦しんでるのを見て許すのでした。

おい!なんかいい話にしてるけど、なんの罪もない人間の女の子を殺したことが、報復の連鎖はやめようって言う一言でほぼ無かったことになってるからな!徹頭徹尾吸血鬼の加害者と被害者の話しかしてねえ!

 

というわけで、タイパラ、サム8に並ぶいかれた倫理観で炎上。

 

自分で攻撃した従者が、敵にやられたことに慄く廻峯くんや、

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お前さっき刺してたじゃん

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最終話4話前に登場して、こいつらが出てきたならまだ終わらないだろうと思われたら特に活躍も解説もないままフェードアウトした抑止力・政府公認秘密機関「光狼」、

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人を引いておいて悪態をつく、こちらも倫理観ゼロのトラックドライバーと、一撃でトラックを粉砕した結果異様にシュールな絵面を形成した灰賀、

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最後まで登場せず回想シーンのみで顔をだす、おそらくラスボスのコウとシンの両親の仇・「あのお方」など

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ツッコミどころが多すぎた内容と、いかれた倫理観で打ち切り漫画界隈が騒然としました。

 

人間と吸血鬼の共存という大目的は良かったのですが、いかんせん活動としては草の根的な吸血獣狩りで目的達成までのルートが明示されなかったのが痛いです。(吸血鬼の王になれば、穏健派でまとめられるとか)

また、人間と吸血鬼は共存できるかという問いに、子供らしく単純な、邪気のない答えを出すのですが、小学生の考えた実現不可能な絵空事が提示されたままで終わってしまい、現実的な対応や方針に至らなかったのが作品を通してモヤモヤするところです。なんというか、兄弟の中の優しい世界で完結してしまって、無垢な主人公の苦悩や成長に至らなかったのが片手落ちに思えました。

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後もう一つ物議を醸したのが吸血鬼の数。

人口の0.2%に相当。

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日本全国で24万人。大体中学校の先生の数に相当します。吸血鬼多いな!

世界でいうと約1500万人。軽く、吸血鬼国家を作れそうな人数がいることになります。この世界大丈夫なの?

ちなみに0.2%は女性のバストHカップ以上の人の割合に相当するそうです。吸血鬼少ねえな!

 

 

 

 

ボーンコレクション  2020年

ボーンコレクション 全2巻 雲母坂 盾 2020年

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由緒正しい陰陽師の家系に生まれた迅内カザミは、陰陽術の才能が皆無だったが、代わりに妖怪の力を使う禁術「妖怪術」の才能に長けていた。しかし、妖怪術は使えば死刑という禁断の術だった。

ひょんなことから、人間になりたいガシャドクロの白羅さんと出会ったカザミは、1日デートをすることで気に入られ、白羅さんが人間になるまでコンビを組むことになる。妖怪コメディゆるバトル漫画。

 

全体的にバトルもゆる〜いコメディ色の漂う妖怪漫画。方針が決まるまで話をどう転がそうか悩んだということで、導入は素晴らしく少年漫画しているのですが、展開はコメディ調が多く、シリアスなのかバトルなのか、リボーンみたいな日常ギャグとシリアスバトルを切り替えるのか、ハーメルンのバイオリン弾きザ・モモタロウみたいにバトル自体をコメディ調でやるのか、作品自体をどの方向に持っていくかが決まるまでどっちつかずになってしまったのが惜しいです。作者自身、「白羅さんのキャラは登場からぶれずに定っていたが、カザミのキャラが決まったのは8話くらい」とコメントしています。

振り切れてからの終盤の突き抜け方はすばらしく、心に残る打ち切り漫画となりました。賛否はあれど本領を発揮してファンがついたことは確かなので次回は初手からの全開投球に期待したいところです。

 

導入はメチャクチャ少年漫画、空から降ってくる女の子、人間になりたい可愛い大妖怪、血筋はいいが落ちこぼれ陰陽師のカザミくんはバレると死刑になる禁術の使い手、始末するべき妖怪に惚れられるカザミくん、妖怪を退治することで人間に近づく大妖怪、妖怪を退治する事で人間性を失って妖怪に乗っ取られる主人公。

 

少年漫画のお手本みたいな出会い

ボーイミーツガール

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1日デートで白羅さんに気に入られるカザミ

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人間になりたい妖怪

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使えば最終的に妖怪に乗っ取られる禁術・妖怪術

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でも、基本的に善性の人なので誰かを守る為に術を使ってしまうカザミ

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設定自体はうまくできており、ラブコメにもシリアスにも転がせる上、白羅さんの正体を秘匿して妖怪退治にも、白羅さんの正体がバレて追われる身にも転がせる上、話が進めば人間化が進んで弱体化する相棒、人間性を喪失していく主人公などもりあげる要素にも事欠きません。王道にして融通効きやすい設定。

 

カザミくんの、女の子にモテたい、妖怪と人間の関係をよくしたい、誰かを守りたい、あたりのキャラの主軸が決まるまでと、バトルとコメディの味付けの方向性が決まるまでが少し長かったです。

 

敵妖怪が段々と怖い存在から、大妖怪でもへっぽこな味付けになってくる酒呑童子

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締めもドッジボールという緩さ

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全体の方向性がきまったミルクボーイと妖怪牛小屋潰し回 10話

牛乳を作る妖怪というゆるさと謎のミルクボーイ連呼。妖怪と人間の架け橋になりたいというカザミの目標を具体的に実践して夢が定まるというゆるく見えて作品の趣旨を綺麗になぞった回。

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しかし、そこから最終エピソード。

大妖怪の脱獄、陰陽師の四天王の二人目、妖怪術の師匠の登場。と、一転バトル寄りのシリアス導入。

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人死にも出るんですが、バトル自体はゆるいノリのまま。

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そのまま結婚式に突入して、ラスボスを倒して終わります。今までも骨の武器は刀だったら槍だったり、掃除機だったり多種多様で付加能力もついていましたが、結婚式が出てくるとは‥。一応、恐怖という概念を礎にする妖怪を陽の究極の祝祭である結婚式により封じ込めるという理屈らしきものが微かに提示されますが、今までそんな概念なかったよね?ミルクボーイとか出てたし完全に別世界から来た生き物扱いだったよね?

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オチ自体は綺麗に決まっておしまい。

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何故か単行本に収録されていない読切では、タイトル通り骨を集めるのが目的で、お色気白羅さんとコンビのバトルがメインになっています。こっちの方が少年受けしそうでしたがなんで路線変更しちゃったんでしょうかね。2話の表紙におっぱい強調白羅さんかいたら、女子受けしないからダメが出たと書かれていましたので、担当編集の意向があったのかしら?読切と全く同じ路線のあやトラがその後連載で始まったので、いい判断だったのかどうかは微妙なところだと思います。とりあえず単行本に収録してくれえ。

 

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タイムパラドクスゴーストライター  2020年

タイムパラドクスゴーストライター 全2巻 原作 市間ケンジ 作画 伊達恒大 2020年

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遂に来た、2020年最大の問題作。

 

ジャンプ連載を目指すが芽が出ない漫画家佐々木哲平は、全ボツの繰り返しで夢を諦めかける。その時自宅への落雷のショックで電子レンジがタイムマシンとなり、10年後のジャンプが転送されてきた。

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未来のジャンプを夢だと思った佐々木は、「無意識に夢の中で思いついたアイデア」として、未来のジャンプで連載開始していた「ホワイトナイト」を自作として執筆し、編集から連載の打診をされる。自分が盗作をしていたことに気づいた佐々木だが、本来のホワイトナイトがこのままでは世の中に出ないこと、ホワイトナイトが皆に読まれるべき作品であること、続きを期待している読者からのファンレターをみて連載を続けることを決める。

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 盗作した責任をとるため、ホワイトナイトの本来のクオリティを出そうと四苦八苦する佐々木哲平。

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 本当の原作者・アイノイツキは別の作品でデビューする。未来のジャンプが送られて来なくなった時、その理由が判明する。未来人の目的は、アイノイツキの死亡を防ぐことだった。

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ネオレイションの項でも書きましたが、ヘイトを溜める主人公は感情移入しづらく、それだけで人気が出ないんですが、「盗作」というある意味殺人や強盗をこえる(殺人や強盗はそれなりのシチュエーションが用意される為、ヘイトをかいにくい)超弩級のヘイトを開幕からかましてきたので批判が殺到しました。

 

 これ、別に「未来から送られてきたジャンプ」をどう役立てるか、という思考実験なら叩かれなかったと思うんですよ。デスノート夜神月が叩かれないのと同じで、主人公が意図して盗作という選択をとり、それによって金銭、名誉を得る成り上がり物ならそれはそれで良かったと思うんですね。問題は、主人公が創作に純粋で、盗作を明確に悪と思っていながらふわふわした理由で盗作を肯定してしまい、あらゆるタイミングで中止できた盗作を続けていくことです。これがヘイトをかいました。

 

盗作をした罪悪感より、ホワイトナイトが自分の作品でなかったことにより受ける衝撃の方が大きいようにみえる

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ふわふわした理由。死ぬよりいいんじゃない?

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「盗作」や「贖罪」自体はメインテーマではなく、むしろ作品のノイズになってしまったので、これならむしろ自覚的な悪人として盗作を行い、アイノイツキに出会い、罪悪感が芽生えた、あるいは死亡を防ぐという理由で競わざるを得なくなったという展開の方がまだ感情移入できたような気がします。

 

本来の「ホワイトナイト」の作者、ヒロイン・アイノイツキに関しては、未来で受け取るはずだった莫大な金銭、名誉を全て佐々木に奪われた上、学校を辞めてアシスタントまでさせられることになり、「処女と命以外全て奪われた中卒」とまで呼ばれてしまいました。ちなみに後半の展開で命すら佐々木の手にゆだねられるため、処女以外を全て佐々木に握られるているのにそのことに全く気付けず、すごい漫画を描く人として佐々木を慕うポジションを務めさせられるという悲運のキャラになります。その余りの尊厳陵辱っぷりは同時期のワンピースの光月おでんの裸踊り並みに衝撃をあたえ、連載数話にも関わらず、アイノイツキちゃん尊厳陵辱2次創作が複数作られるほどでした。

 

元いじめられっ子現引きこもり高校中退漫画志望のヒロイン・アイノイツキ

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スタートで明確に失敗したタイパラですが、未来のジャンプが送られてきて歴史的名作が載っている。偶然なのか、意図したものなのか、意図したものならば誰が、なんの目的でやっているのか?未来のジャンプを読んだ芽のでない漫画家佐々木哲平の運命はどう変わるのか?という謎を開幕で突きつけられたのは大きく、読者の興味を惹きつけることに成功します。

 こうして主人公は不快だけど冒頭の謎は魅力。続きが気になるが、読むにつれ佐々木がきつい。いや、でもこんな壮大なsf展開なら佐々木描写も意図があるのではない?後々、秘匿された事実が明かされた時不快だと思っていた佐々木の行動はそうではなかったことが明かされるのでは?もしくは覚醒して不快が魅力に転換されるのでは?はたまた不快な佐々木の断罪パートがカタルシスになるのでは?など憶測が飛び交い、謎の解明を見届けたい、作者の真意を見極めたい人々によるタイパラ語りが各所で見られるようになりました。

 SNSでは盛り上がってるけど、人気はないという稀有な作品の出来上がりです。

 

ちなみになぜ佐々木が選ばれたか、アイノイツキを殺さない方法は漫画で勝つ以外になかったか、あたりはきちんと説明されます。

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連載漫画家となった佐々木は、ホワイトナイトの描き方に葛藤しながらも、連載を続けますが、ある日未来のジャンプが届かなくなります。

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「絵だけじゃなく、物語の続きも俺が描くしかないのか…!?」じゃねーよ!

お前、こういう自体想定してなかったのか!

というか、オリジナルを越えようとしてなかったのかよ!という驚きが先に経ちますが、未来のアイノイツキ訃報を読み、さらに、現在のアイノイツキを死亡から救うために、アイノイツキの新連載に勝つことを求められます。未来人がジャンプを送りつけていた原因は、アイノイツキを死亡から救うためだった。

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混乱し、葛藤しつつ、イツキを救うために全力を振り絞る佐々木。

凡人の死ぬほどの努力とタイムマシンというズルは天才に通用するのか?ついに佐々木覚醒パートが訪れるのか!!

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その結果はー、アイノイツキ圧勝。

30連敗の佐々木。

先週の引きなんだったんだよ!

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物語は、冒頭の謎の解明を目的として進みつつ、「最高の漫画」とはどういうものかというこの作品のテーマとなる問いを突きつけてきます。この部分もかなりの物議を醸したのですが、作中で最高作に近い扱いのアイノイツキ「ANIMA」が、万人に受け入れられるために限りなく作者の個性やこだわりを排除した「透明な傑作」という物で、これを描く事で本人の自我さえ排除されたアイノイツキは衰弱死してしまいます。これに対してカウンターとなったのが、無限の時間をつかい、たった1人に対して想いを込めた佐々木作品になるんですが…。

 

面白い漫画のイデア、「透明な傑作」

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まず、己を排除した創作物とかあり得るの?

という問題で、一見作者のとんがった部分や不必要なこだわりをなくしていけば万人に受ける作品になるという理屈は通るように見えなくもないですが、例えば「世界を支配する魔王を倒す物語」に味付けするのが作者の個性であって、こだわりや偏りがありすぎては対象となる層が少なくなるのは確かだとしても、個性を徹底的に廃してかつ面白いというのは矛盾していると思います。

面白い漫画のイデアを受信する装置として人間がいて、発信時に個性を付け足しているので、その個性を廃すれば本質がつたえられるというような話になってくると思うのですが、概念論の範囲を出る話とは思えません。実現すれば神の領域に触れられるような話で、宗教的というか、一日30時間の鍛錬とか、アヤエイジアの歌とか、妖神グルメの料理(ジャンプ的にはトリコのフルコースか?)とかそういう域の話になってしまうと思います。

 

しかし、これに関しては未成年で人生経験の少ない歪な天才・アイノイツキの主観に過ぎないので、豊富なアイデアが浮かんでくるアイノイツキが自分用に考えた創作方法論に過ぎないと考えることもできます。作中でも、面白さの説明は初めの佐々木による解説以外はほぼないので、どういう方向の「面白い作品」なのかは読者の想像に委ねられます。ただし、透明な傑作を作るために自我を殺すことが、アイノイツキの死に到達するということは間違いないです。

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 カウンターとなる佐々木の作品は、時間の止まった空間で無限のインプットと無限のアウトプットを行い、誰か一人に向けて作られた作品なのですが、こちらも誰かの意見やフィードバックのない「無限のインプットと無限のアウトプット」により神がかり的な領域の作品と渡り合えるまでに成長するのかという疑問がついてきます。とくに、佐々木が、アイノイツキには及ばないものの光る物をもつダイヤの原石というような描かれ方をしておらず、延々とボツを喰らい続けた挙句盗作で連載を勝ち取り、連載中オリジナルに迫るという結果もえがかれなかったキャラなので、そこから天才を超えるという説得力を出すのはちょっと厳しかったと思います。でも、物語の主題のひとつが、「空っぽな凡人でも面白い漫画を作れる」なので、これは意識してやってるんでしょうね。

この辺りは打ち切りで尺が足りなくなり、未来のジャンプが届かなくなってからの葛藤と努力を描く枠が取れなかったのもしれないです。

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空っぽでも、凡人でも、努力次第でー

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冒頭で語られる佐々木の理想、万人向けの名作を実現したアイノイツキを、個人向けの作品という究極のターゲッティング漫画で落とすという構図

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結局、精神と時の部屋で描いた佐々木の作品はアイノイツキの心に響き、死の結末を回避することができます。そして訪れるエピローグ。

 

単行本では書き下ろしエピソードが追加されますが、これはアイノイツキのその後、佐々木哲平のその後が、気持ち良く補足されているので、本編が気になった人には読むことをお勧めします。

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ちなみに、海外ではこの盗作に対する心理はそれほど問題視されなかったのか、人気だったらしく、連載終了に阿鼻叫喚だったという話も。

単行本は修正が入っているのもありますが、話の展開上盗作になってしまっているが、そこまで気にならないようには話を運んでいます。

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まあ、日本にも1巻を100冊買うという業の深いファンが出現しましたし、SNSでの作品語りも盛り上がりましたので、欠陥はありつつも、魅力のある作品だったのでしょう。

 万人向けをもとめる佐々木哲平と、全ての人に受け入れられる「透明な傑作」を描いたアイノイツキの物語が、一部の人には刺さる、マイナー向け作品となったのは皮肉な話でした。

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魔女の守人  2020年

魔女の守人 全3巻 坂野旭 2020年

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人間を襲う魔物・魔(イビル)が蔓延る世界。人類は、イビルに対抗する唯一の手段、魔女の魔術により拠点の防衛を行なっていた。

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魔女・マナスファのお付きとなった騎士・ファフナは、家族をイビルに喰われた過去を持ち、魔女の力抜きで人類が平和なら暮らせる世界を作ろうとしていた。

 

主人公・ファフナ

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そんなファフナに、ある日、マナスファ殺害指令が下される。

魔女とは、イビルの因子を注入され適合したものが生き残り魔術を使える様になる代わりに、いずれイビルに変貌する造られた生き物だった。

普通に生きたいというマナスファの真意を知ったファフナは、国を脱出し、マナスファを人間に戻す旅に出る。

 

物議を醸したダークファンタジー。設定の練り込み不足というか、好きな物を集めて咀嚼し切る前に出してしまったというか、作者が読んだ作品の影響がダイレクトに反映しているため、どこかで見た描写が多く、その分話にまとまりがなくなってしまっています。

 

ダークファンタジーを描きたいのであれば、国家の闇に焦点を当てて描くべきだったと思います。集められる女の子、魔素の注入。ほとんどが死亡。生き残りのうち極少数が魔術を使える魔女となる。魔女は時間経過とともにイビルになってしまうため、魔女のリミットが来る前に殺す守護がつく。魔の力を利用した人間拠点防衛用の生きた使い捨て武器、それが魔女という設定はエグめながらもなかなか面白いので、約ネバや7seeds夏のAチーム過去編の様な信じた綺麗な世界は幻だったという路線であれば、主人公もファフナも現状を理想として真実を知らず、衝撃の事実を知る展開にしたいところです。読切版はこの路線だったんですが…、約ネバと被りすぎるからやめたんでしょうか?

 

読切版

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連載版ではファフナ自身が魔女のいらない世界を作ろうとしていることや、魔女頼りで弛緩した他の騎士の描写のため、現状が理想ではないことが示唆されてしまっているので、魔女殺害指令の突然世界の裏側を教えられた時の、理想郷からの転落感が薄いです。マナスファも真実を知って受け入れている状態なので全体的に絶望感が薄まってしまいました。

 

一応知ってる状態だからこその諦念は描かれているんですけど、悲劇としては読切版の方がいい出来だったと思います。

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連載版は、どちらかと言うと広い世界を旅する王道ファンタジーを描きたかった印象にかわってるのですが、それであれば外に憧れる描写や、魔女の不自由さの描写をもう少しいれるべきだったかなと思います。読切版は塔に閉じ込められて自由がなく、16歳になったら逃してくれると言う言葉を信じて魔女の責務を果たしているので、この方向でも読切版の方が説得力がありました。なんで連載版で劣化したんだろう…。なんというか、描きたい事はわかるんですが、それを上手く見せる為の下準備がたりないので、説得力にかけるんですよね…。

 

 

例えば、魔女の造り方ですが、国中から12歳の女の子を集めて9割以上が死亡。こんなことやってたら女の子のいない世界の出来上がりですよ!無理があるだろ!

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将来のことを考えないにしても、集められた女の子たちが帰ってこないならば、国家主導の人攫いな訳で、男として育てられる女の子とか、女の子集めに逆らって隠す家が続出するはずですし、なんだったら反乱が起こる案件。この辺どうなってるんでしょう?

 

仮に他の国に修行とか、労働に行っていると言う嘘をついて国民を騙しているとすれば、そのこと自体がディストピア作品としてのフックになったはずです。人攫いを行う独裁国家にしろ騙して集めた少女たちのほとんどを戦力を作る為の生贄にしているディストピアにしろ、主人公たちの行動に説得力を出す為に使えたと思うのですがこの辺り特に言及なし。

掘り下げようよ。

 

咀嚼しきれてない要素はいくつかありますが、

まず、鬼刃とよばれるファフナの剣術。

一の技「双式ノ構エ」

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鬼滅ー!!

いや、別に技と構えはいいんですけど明らかに戦いにくそうな上に、登場回以外出てこないという…。ニノ技はありませんでした。なんだったんだよ案件。出すならきちんとバリエーション考えて毎回の戦闘で使え!

 

次に同じく登場回以外出てこないルーティン。

ルーティンじゃないのかよ、毎回やれ!

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進撃の巨人の変身シーン

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魔物に襲われるので高い壁に守られた都市国家で暮らし、外から襲いくる敵と戦うあたりが進撃の巨人くさいと言われた次の回でこれが出たので誰も何も言えなくなってしまいました。

壁で守られた人類の国

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ついでに1話の脱出時の跳躍

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文化レベルのよくわからない魔道具

ヴィデオがあったり、ヘリコプターがあったりする。これが、魔法…?

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あと、ヲにたいする謎のこだわりとか

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こんな感じで、味付けが薄いのと、勢いで入れた要素が活かされないまま話が進んでしまった印象です。

 

国を脱出したファフナ一行は、引退した魔女=イビル化しない魔女の文献から、マナスファを助ける方法を探して旅をしつつ、追手と戦うことになります。

 

こちらも、追手と戦うのか、ロードムービー的に色々な魔女と国との関係を旅をしながら見ていくのかはっきりしません。一度追手と戦い、力の無さを痛感したファフナは偶然出会った元騎士の発明家ドレイクに戦いを教わるのですが、ちょっとドレイクさん都合良すぎませんかね?この話に3話から10話という長い尺をさいた割に、ドレイクに特に組織的なバックボーンがなく、たまたま居合わせて、たまたま元騎士で、たまたま愛した魔女を手にかけたことを後悔していて、対魔女・騎士戦闘を教えてくれる…。もうここまでするなら娘を殺された有力者や支配体制に疑問を持つ知的階級が形成したレジスタンスが各国を見張っていて、脱走したファフナとマナスファに目をつけて接触したとかの方が説得力がありますし、そうなれば組織対組織という形にできるので、組織側の味方キャラを仲間にすることや、複数戦闘を描くことができました。

 

7話かけた追手、特訓、成長が、バックボーンがないキャラによってなされたことで、キャラは増えず、話は広がらず、ジャンプでいうところの「展開が遅い」ルートに入ってしまいました。特訓後、ワンエピソード描いて打ち切りとなってしまいます。

 

逃亡劇のため、主要キャラが脱走した3人で魅力的な仲間が出せない。それならそれで旅することで、世界の広さと魔女の境遇を、訪れた街や国での異常な習慣や制度と出会う事で描くという展開も作れたと思うのですが、少年漫画らしく追手と成長、「対魔女・騎士戦闘」という要素を入れたばかりに仲間は増やせないし、ロードムービーは捨てるというどっちつかずの展開になってしまいました。実際、追手と戦ったのも結局一回だけ。ダークファンタジーか王道ファンタジーか、逃亡劇かロードムービーか、どっちかに決めて片方を掘り下げれば、基本の設定は悪くないし、キャラは可愛かったと思うんですよ。

 

包帯少女スピカちゃんとか良かったと思うんですよね

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魔素侵食状態

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旅の途中で話は5年後に飛び、魔素を抑える指輪ができた事で魔女は引き継ぎ制になり殺されることは無くなった。国民もそれを大歓迎というハッピーエンド風なんですが、そもそもの問題、魔女を作るために12歳の少女が大量に殺害される部分が全く改善されていません。魔女の暗殺はもともと秘匿事項だったはずなので、国民が喜んでる理由がわからないよ。これ喜ぶの苦悩してた魔女と騎士だけだろ?国民は女の子が殺されなくなって初めて喜ぶんじゃないですかね。

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という事で煮詰め方がたりなかったのが、厳しかった作品でした。25歳のデビュー作でこれだけまとまってかけてるのは凄いので、今後に期待です。