打ち切り漫画あるあるの話 後半 大人の事情編
前回お話しした打ち切り漫画の打ち切られる理由は作劇上のテクニック、構成によって面白い部分までたどり着いていかない場合など、技術面での話でした。
前回のお話はこちら
https://utikirimanga.hatenadiary.com/entry/2021/06/15/212623
今回は打ち切り漫画の残り4割の理由、
⑦ 作者が打ち切り前提で好き勝手やっている
珍しいパターン。該当作が少ないのですが本宮ひろ志先生の「やぶれかぶれ」と藤崎竜先生の「サクラテツ対話篇」、最後だから好きに描こうとしたと思われる道元むねのり先生の「AON」、人気度外視で描きたい物を描いたという北条司先生の「こもれ陽光の下で」あたりが当てはまります。前回の⑥の情熱が走りすぎだケースと違って、自覚的にやっているところが特徴です。「AON」はちょっと怪しいですけど。
漫画家自体の引退を考えていた本宮ひろ志先生の「やぶれかぶれ」はともかく、その後もある藤崎竜先生や北条司先生が連載権を一回ふいにして描いてるのはすごいと思います。それだけ自由に描きたかったのか、一度くらい失敗しても次回でリカバリーできる自信があったのか。
ちょっと質は違いますが、冨樫先生のアシスタントなし連載とか、うすた先生の年1スパンくらいでやるぶっ壊れ回とか、漫画家も好きに描きたいんだよ!という欲求を如実に感じます。
まあ、みなさん、通常は己の書きたいものと世間のニーズをすり合わせているわけですが。
⑧編集に嫌われた
死ぬほど珍しい例ですが、巻来功士先生の「メタルK」。この作品以外に人気があって発行部数も出ていて、作者も続けたいのに打ち切りになった作品はあるんでしょうか…?
掲載位置から特異で、第一話で巻頭カラーのあと2話からずっと巻末ドベ掲載で、「はなったれboogie」が最終回で巻末になった時にドベ2だった以外は全てドベ掲載というポジション。作者の自伝「連載終了!」によると人気は結構あったこと、編集がエログロを良しとしなかったことからこの位置で掲載したようですが、それなら連載会議通すなよと思ってしまいますよね。まあ、自伝なので、実際はジャンプ編集部からエログロは控えめにしろというような提言はあり、無視して突っ走ったとかなのかもしれません。しかし、よく巻来先生この扱いで移籍しなかったなあ。
伝説のエログロホラー「メタルK」
「連載終了!」より
⑨作者の意向
こちらも珍しいパターン。80年以降はあんまり存在しないんですが、望月三起也先生の「ジャパッシュ」が代表。本作は美貌とカリスマ性とアジテーションの才能を持つ日向光が私設軍隊をつくり、その魅力で国民の心を掴み独裁政権を作り上げていくというピカレスクロマン。対となる日向に復讐を目論む望月主人公顔の善の主人公もいたのですが悪の主人公である日向人気が出過ぎたため、少年漫画の主人公が悪役で人気が出過ぎるのは良くないという作者の主義により打ち切り。経緯も珍しいですが、内容も面白い怪作です。
似た経緯の打ち切りとしては、本宮ひろ志先生の「天地を喰らう」が、漫画を描く上で歴史の制約が面倒で、自分には向いていないという意向で人気がありながら連載終了します。
⑩ヒットはいらないホームランが欲しいというジャンプの意向
かなり多くの作品が当てはまると思うのですが、結構面白いし、そこそこ売れているはずなのに打ち切りを食らった作品の多くがこれです。ジャンプはドラゴンボール、ワンピース、北斗の拳、リングにかけろクラスのホームランがほしい。そこそこ売れるだけ作品は要らないという編集の明確な方針のため。
いい話でもあり残酷な話でもあるんですが、有名なのは「鉄のドンキホーテ」がそこそこな人気だったが大ヒットしなかった原哲夫先生に、もっとうけるものが描けるから次に行こうと編集から声をかけ連載終了して、「北斗の拳」を立ち上げ大ヒットにしたという話。
逆に慟哭を呼んだのはデビュー作で好評を博し、単行本も売れて、連載開始時以外でジャンプの表紙も飾り、本人も小学生の頃から連載用に構想を暖めていた古味直志先生の「ダブルアーツ」が打ち切りになったのと、単行本売上ならメガヒット作を除いてかなりの上位の売り上げを叩き出しながら打ち切りをくらった「あねどきっ」あたりです。ダブルアーツはマジで津尾さん許してないですからね。
古味先生はまだリトライで「ニセコイ」が成功しましたけど、河下先生はこれがジャンプ最後の連載となりましたから、物申したくもなろうという物。ジャンプのツーベースを長くのせるよりも大ホームランという主義の象徴のような出来事です。他にも、特に不人気ではないが、連載枠を開けるために消去法で連載終了となった「イリーガルレア」や、3巻15万部で打ち切りはないと思われたが、打ち切られた「仄見える少年」、前作人気で単行本の売り上げは高かったのに打ち切られた「ロボレーザービーム」などもこの部類です。
発行部数について追記すると、初版が100万部刷られるのはジャンプの長い歴史でも23作。2000年代に入ってからの連載で達成したのはBLEACH、デスノート、黒子のバスケ、暗殺教室、鬼滅の刃、呪術廻戦の6作です。
これらも軌道に乗るまではそこまで部数は出ていないので新連載の1-2巻あたりの発行部数は通常1-3万部程度、現在のアンデラとかあやトラなんかが5万部ラインです。マッシュルがかなり売れて10万部オーバー、ドクストで25万部。そんななか「仄見える少年」は三巻で15万部、巻数比較でいうと夜桜さんより売れ、ワンピ、呪術、ヒロアカ、ドクスト、ブラクロ、マッシュルの次のラインナップに入るくらいの売り上げで打ち切られました。ダブルアーツも5万部程度、あねどきにいたっては11万部売れていたのに打ち切られました。
オリコンより「あねどきっ」売上。
1巻の発売月の売り上げだけで言えば、初動54000部、累計11万部。「ブラクロ」、「斉木楠雄」、「ニセコイ」、「ワートリ」、「ぬら孫」、「ドクスト」どころか、「呪術」、「鬼滅」も上回る売上。まあ、鬼滅と呪術は初動はすごいわけではないですけど。
これを上回る初動を出しているのは「トリコ」、「暗殺教室」、「ヒロアカ」、「バクマン」、「食戟のソーマ」という看板漫画です。
これで打ち切り?ってなりますよね…。大体1巻が今のマッシュル並に売れてるってことですよ。ちなみに最終巻が初動43000部の累計84000部で少し下がりましたがそれでも中間クラスの売り上げはありました。最終巻で比較すると「左門くん」や「ソウルキャッチャーズ」「保険室の死神」など10巻連載クラスを抜いて、「ムヒョロジ」や「サイレン」「ジャガー」よりも売れていたくらいです。
ダブルアーツ。あねどきっほどではないですが、新人の初連載と考えると伸び代はあったのでは…?
「ぬら孫」「ゆらぎ」「ニセコイ」には負けるが「ドクスト」「ブラクロ」以上の売り上げ。これ「あねどきっ」の表では下の方カットしてありますけど新連載のほとんど、特に新人の新連載は圏外ですからね!
ということで、単行本が売れていてもアンケートが低い、伸び代が期待できない作品は打ち切られることになります。津尾さん打ち切り漫画でそんなに悪くないのに何故?という作品は半分くらいこれに該当していると思ってます。